SOSAKUBAGにはデザインネームがあります。
moroccan、naked eye、ombre、wind sound など。
20個以上ある名前は編みの名前ではなく、
格子編みの中に描くデザインの名前です。
時々もっと細かい編みが見たいという声をもらいますが、今ではご縁のあるお店からの要望があるときのみ作っています。その理由も含めて、今日は編むこととデザインのことを書いてみます。
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編む、という行為はとても意識的な行為だ。
基本は上に通すか下に通すか、飛ばすか飛ばさないか。
たまに斜めなんてこともできるけれど、x軸とy軸の単純な作り。故に動かした形がそのまま出てしまい、簡単に「編まれて」しまう。
編めるぞ!と気がついたころの僕は、ただ編むことが楽しかった。
小学生の頃自然のムチが大好きだった僕にとって、あの素材が造形できるなんて。
ときめきのままに編むのが、ツル編みの楽しさだ。
昔は網代編みや六ツ目編みのような、名前のあるものも編んでいた。
多分僕が人生で最も「編んだ」のは、2枚目のバッグだと思う。
このバッグは僕はFUUROに5年目の結婚記念日に贈ったバッグだ。
これ以上にないというほどお金が無かった僕は、時間を込めることにした。
元にしたデザインもなく、行き当たりばったりで編んだのでところどころ変なところもあるけれど、僕の編むという探求の最高峰はここで、最近は下山する一方だ。
その1番の理由は、編めば編むほど、
素材や色の個性が埋没してしまうからだ。
ひごを作ればその一本にある節やあなぼこは取り払われる。
そうして出来上がるバッグは、全体の美しさが全面に来てしまい、一本一本の個性という話ではなくなる。
そもそも、一本の木は下と上では皮幅が異なる。
ひごにすることを決めたとたんに取り払われる部分にこそ、
僕が感じる面白みがあるような気がして、やがて細かく編むことが苦痛になっていった。
編むことから、描くことに気持ちが変わっていったのはそのころからだ。
格子編みというのは、編みの最小単位だと思う。上下の連続でしか出せない、極めて粗いピクセルに情景を浮かび上がらせること。僕はそこにときめきを感じた。
どちらが良い悪いという話ではないけれど、
僕は100人編成のオーケストラよりも、3ピースの音楽のほうがときめくという話だ。
あれから色んなデザインを生み出していったけれど、
特に思い入れのあるデザインは3つ。
moroccanとnaked eyeと、wind sound。
moroccanの始まりは、偶然だった。染材が2本しかなかったのだ。
不均一な美しさを最小限に描きたくて組んだそのバッグは当初不人気で僕の手元に返ってきた。
仕方なく自分用に使っていたそのバッグが僕を会社員からバッグ作家へと変えてくれた。
サハラ砂漠で出会った絨毯とその考えに通ずるところがあるので、敬意を表してこのデザインのことをmoroccanと呼んでいる。
僕が最も多く作ったバッグのデザインだ。
naked eyeは、僕のバッグの概念をそのまま形にしたデザイン。
直訳して裸眼と呼ぶバッグは、僕の幼いときの記憶と、世界一周の時など、非日常の中で体験した情景を切り取るように作っている。
このバッグたちは、バッグの持ち手の想いとシンクロすることが多くて、SOSAKUBAGらしさを込めたバッグだ。
最後のwind soundは、naked eyeの情景をさらに深堀りして純度高くすくい取った特別なバッグ。
世界一周旅行で訪れたトゥバ共和国のホーメイ奏者に言われた「風の音を聞け」という言葉から生み出したデザインだ。
あまりに大切な記憶たちなので、本当は全部手元に置いておきたいくらい。
でもそんな想いのバッグが旅立つときはたいてい、持ち手にとっても大切な情景が見えていることが多い気がする。
デザインネームはタグの裏側に紹介と共に記載しています。
これからの展示の時には、バッグの色、形をひとしきり眺めた後に、タグの文章も併せて読んでくれたら嬉しいです。
2025.8.31